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HIBIKI'S BLOG。03年某ユニットでメジャーデビューするも方向性の違いを理由に脱退。以後ブランクをあけたが、活動再開。09年配信リリースを皮切りに待望のミニアルバムリリース予定。
by hibiyan_com
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カテゴリ:BACK IN THE DAYs( 2 )
BACK IN THE DAYs②
ギターを弾けばモテんじゃねーの?
っていうのがきっかけだったかどうかは
正確には覚えていないが
俺が最初にエレキ・ギターというものを手にしたのは
13歳、中学1年の正月だった。

白の YAMAHAの やっすいやつだったけど、
アイツと出会わなければ
おそらく今こうしてHIPHOPの世界にもいないだろうし、
ラップもしていなかっただろうと思う。

当時の愛読雑誌は
「BANDやろうぜ」
だった。

バンドをやろうとしている層が見る雑誌で、
国内バンドのインタビューも載っていたりで
どっちかといえばミーハーな部類の雑誌だった気がするが、
「BANDやろうぜ」にメンバー募集を出したことがあり、
10通以上の手紙が届いたが、
1通だけカミソリが入っていて
「中1のクソガキの分際でバンドなんかやってんじゃねーよ 死ね!」
というはるか遠方にお住まいの
お暇な方からわざわざ激励もいただいたっけ。

それでも黙々とギターを弾き続け
「BANDやろうぜ」では得たい情報が得られなくなり、
愛読雑誌は
「YOUNG GUITAR」へと変わる。
これは完全なるギター弾きのための雑誌で
ギタリストの機材紹介やら
日々のプラクティスや
ギタリストのスコアなどが掲載されていた。
2年間購読し続け
かじりつくようにすべてを読み
弾きこなしたもんだ。

それでも たいして モテはしなかった。

少なくとも、ギターを弾いているからモテてるわけではなく、
モテていたとしても
サッカーやっててチョイワルで調子のいい人としてモテてたのだと思う。

当時、真似て弾こうとしていたギタリストの覚えている限りの名前を出そう。
ランディー・ローズ、ザック・ワイルド、ジョー・サトリアーニ、
ポール・ギルバート、ヌーノ・ベッテンコート、スティーヴ・ヴァイ、
ヴァン・ヘイレン、イングウェイ・マルムスティーン、
リッチー・ブラックモア。

弾けていたつもりでいるけど、
たぶん、そんな弾けてなかったんだろうなと思う。笑。

いわゆる技巧に走ってしまい、
曲としてのカッコよさではなく
ギターソロの技巧だけに耳を傾けていた。

バンドで、
重要なのは
アンサンブルなのだ!と気づくまでには相当時間がかかった。

そして
中3のときに
人生初めてのBANDを結成するにいたるのだが?
しかも・・・。



続きは次回へ!!
seeya!!
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by hibiyan_com | 2009-03-05 17:22 | BACK IN THE DAYs
BACK IN THE DAYs①
今日は恥ずかしい話をしよう。
初めて作詞作曲をした頃、
つまりは音楽人としてのスタート地点からの話だ。


初めて作詞作曲したのが中学1年の頃だと思う。
ジャンルでいえばフォークソングになるのだろうか。
この際、カテゴリーなどどうでもよい。


ギター1本にリズムマシーン、4トラックのMTR。


ギターはフェンダーJAPANのストラトキャスター、
リズムマシーンはYAMAHAの安いやつ、
MTRはFOSTEXかなんかのちゃちぃやつ。
今でこそ安いとかちゃちぃとか言えるけど、
当時の中学生にしては高額だ。
ニュースペーパーをデリバリーして稼いだ金で自分で買った。
頑張り屋さんだ。なんともほほえましい。


その頃は、バリバリのハードロックが好きで、
モトリークルーやディープパープル、
オジー・オズボーンなんかを弾いてた。
そのうちギターの速弾きなんかに興味を持ち、
イングウェイ・マルムスティーンや
ポール・ギルバート、ヌーノ・ベッテンコート
なんかの速弾きの世界へ入っていく。


だが初めて作詞作曲をしたのは、
ブルーハーツと尾崎豊を足して、
ジッタリンジンで割ったような曲だった。


ギターで簡単なコード進行を奏でて、
歌詞にAだのEだのDだのコードを振っていき、
リズムマシーンで簡単なドラムのビートを組んで、
シーケンスを組んでMTRに録音し、
ギターをなんとなく弾いて、歌を歌う。


そんな工程で6曲ほど完成したのが
中2から中3にかけて。
このあたりは中学生の分際で、
音楽的に並行してさまざまな活動をしていたのだが、
ラジオというメディアに初めて登場したのが、
自分名義の曲が先か、
あるバンドでが先だったかは記憶が定かではない。
バンドはトークつきの収録出演をはたしているのだが、
バンド名は忘れてしまうほどの即席コピーバンドで、
俺は14歳だったがメンバーはみな18~21歳の
ギターコーラスが3人にベース、パーカッションとボーカルという編成で、
俺はギターコーラスを担当していた。
歌った歌は「MR.BIG」の「TO BE WITH YOU」だ。
その話はまた次にするとしよう。



さて、
6曲ほどを収録したカセットテープを東北では有名な
TBCラジオのアマバンなんとかという番組に応募した。
俺は放送を聴いていなかったが、
隣のクラスの女の子の渡辺ゆきちゃんというコが聴いていて、
「昨日の○○ってヒビキじゃないよね?」
という具合で、自分の曲がラジオから流れていたことを知った。


6曲のうちどれが流れたのかは正確に思い出せないが、
・HEAVEN TONIGHT
・FALL IN LOVE
・TIME TAKES CARE OF EVERYTHING
というなんともほほえましい3タイトルだけは今でも覚えていて、
おそらくTIME TAKES~が流れたとのだと思う。
サビの歌詞が笑える。


Time takes care of everything~
もう~戻れない
Time takes care of everything~
すべてが~もう終わった~


Time takes care of everythingという言葉は、
当時映画でトム・クルーズとニコール・キッドマンが共演していた作品で、
「時間がすべてを解決する?」みたいな使い方をしていたから、
そのまま使った。



かくして、
俺の音楽人として初めて自作曲が世に公表された
いわばスタート地点は14歳から15歳ぐらいの時ということになる。


BACK IN THE DAYs
次回へ続く。
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by hibiyan_com | 2009-02-18 11:41 | BACK IN THE DAYs